もう10年ちょっと前になりますがアメリカポートランドのモンテッソーリ校で1スクールイヤー、インターンをさせていただいていました。恥ずかしながらモンテッソーリというものを当時はよく知らずに渡米し、衝撃を受けたことを覚えています。
モンテッソーリ教育というと日本では幼児教育のイメージが強いですが、欧米では幼稚園~高校までの一貫教育をする学校も多く、ラリーペイジやジェフベゾスなど著名人も輩出しています。日本でもモンテッソーリ式幼稚園や、モンテッソーリ子育てなどという言葉を聞いたことがある方も多いかもしれません。今回はモンテッソーリとは何ぞや、について現地の体験も交えてご紹介します。

モンテッソーリ教育って何?
モンテッソーリ教育とは、19世紀にイタリアのローマの精神病院で勤務していたマリア・モンテッソーリが考案し、研究・発展させた教育法で、もともとは障がいを持つ子供達への治療教育からはじまりました。独自の教育法を実践し効果をあげることで欧米を中心に広がりました。日本では教育課程から外れてしまうため、幼稚園や保育園で取り入れる程度ですが、世界的には小学校~高校までモンテッソーリ学校が設立されています。
モンテッソーリ校での教育
モンテッソーリの先生たちは世界共通の研修を受け、独自の教材・カリュキュラムを使用して日々の教育を行っています。日本の学校教育とはだいぶ異なるシステムで私自身初めてモンテッソーリ校に出勤した時にはとても驚きました。
モンテッソーリ校の一日
私が勤務していたモンテッソーリ校は幼稚園3歳児~中学校3年生までが通う一貫校で、幼稚園のクラスや中学生の課外活動にも参加していましたが主に小学校のクラスでアシスタント等をしました。

小学校は3学年が合同クラスになっています。クラスは大体20人程度で、担任と補助の先生がついています。子ども達が登校をしてきてまず朝の会は全員で行うのですが、教科書や一斉授業はなくその後は自分自身で自分の興味のある課題を進めていくカリキュラムとなっています。たくさんの教材があり、担任の先生と相談をしながら1週間のプログラムを決めていきます。グループワークをする子もいれば、工作をひたすら取り組む子、本を読む子、絵を描いている子、本当に皆思い思いの活動をしています。
先生たちはその様子を見回りながらアドバイスをしたり、質問に答えたりします。途中おやつの時間があるのですが、その準備も全て自分たちで行います。これは幼稚園クラスの子たちも同様です。
私が働いていたスクールでは体育(PE)や音楽、語学の活動はクラス全体や希望の小グループで行っていました。
教科書なしで学習過程を学べるの??
一見個々が好きなことをしているように見えるので、これで学ぶべきことを全て網羅できるのかなあ、と疑問に思うこともありましたが、現地でモンテッソーリの研修などに参加し教材を色々見ていると、算数や理科の分野も自分自身で法則性を見つけられるような課題が用意されていて、主体的に取り組んでいけば教科書で習うよりも深い部分も学ぶことができるなと感じました。
好きなことをやっていいとなると学習内容が偏りそうですが、先生がなるべく色々な分野に目を向けられるようにアドバイスをしながら日々の課題を行っています。先生のスキルが問われるところですね・・。
モンテッソーリ教育が日本で注目されるワケとは
モンテッソーリ式の教育は日本の一斉教育では育ちづらい個性の尊重や自己肯定感を高める効果があり、特に幼児教育において注目されています。
モンテッソーリ式に合っている子、そうでない子とイルカと思いますが、ママパパと接する機会の多い今、もう一度勉強しなおして、育児や教育に悩むママパパに「こんな選択肢もありますよ!」とか「日本の教育の常識が世界の常識ではない!」ということを伝えられたら。。と思っています。
まとめ-我が家の問題児4歳男児のはなし
というのも、我が家のムスコ、これがまあマイペース&落ち着きがなく、自分の興味のあること以外にはノーリアクションだったりまず座って先生のお話を聞いたり絵本を聞いたりすることが苦手。とても落ち着きがなくお友達にちょっかいを出してしまうことも多々あり、園からお電話がくることも日常茶飯事です・・・そんなムスコですが、自分の好きな体操や歌、ブロック遊びなどは本当に楽しそうに集中して取り組んでいます。
色々な問題点や発達の凹凸はありますが、親としてはお友達にけがをさせたり、クラスの邪魔にならないようにしつけは必要ですが、押さえつけることはしたくないなと考えています。というのもやはり、若き日にモンテッソーリ式を体感して自身の中で「個性が面白い」という感覚が芯の部分にあるからなのかなと今になって思います。
今子供たちを前にしていても本当に色々な子がいて、園児さんでも座っていられなかったり、大分と目も合わせてくれなかったり、など問題行動的なものが見られたりすることもありますが、それもその子その子の個性で、日々変わっていくものでもあり私自身は面白いなあ、というか興味深く接しています。
が、やはりママさんの中にはそのことをすごく申し訳なさそうにしていたり、なぜうちの子は皆みたいにできないのか、と悩む方もいます。子のことを想うからこその悩みだと思うのですが、「普通」の基準を持ちすぎてしまうと親子ともども辛いのではないかと思います。
もちろん日本で生活していく以上は最低限の集団行動や我慢をすることは必要で、園や小学校の先生たちは日々子供たちに繰り返し言い聞かせてくれています。
ただ、日本社会でたとえ少しはみ出してしまっても、それが「悪い子」であるわけではないのだと思っています。もちろん「これが個性だ!悪いか!!」と思ってしまうのは違うので、バランスが難しいところですが。そんな個々の子供たちを受け止めていくのにモンテッソーリの考え方はヒントになるのではないのでしょうか。



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